大西さんとの出会いは23年前に僕が結城紬の冊子の編集をやっていた時に職人紹介で下館に人間国宝が居るからと言うのでお訪ねしたのが始まりです。玄関でお会いしたらグレイの髪を総髪にして首にネッカチーフを巻いて現れたお洒落な方でした。聞き取りを初めて出身は和歌山なのに何で筑豊に行ったのですか?と聞いたら「怒りの葡萄です」との返事。これに参ってしまいました。僕の人生の原点はこのスタインベックの作品で、僕はまずジョンフォードの映画で見ました。大西さんは小説が先で、これですっかり盛り上がりました。怒りの葡萄は飢饉が続く東の大地から夢のようなカリフォルニアに集団移住するのだけど結局ユートピアなど無かったという話です。あなた漆の取材に来たのに僕の話ばかり聞いて良いの?と言われましたが、大西さんの人生の方が100倍面白いから良いのですと答えました。
大西さんの父親は大工で和歌山では食べていけなくなったので当時石炭景気に沸く筑豊に行くのですが、現実は厳しくて、さらにお父さんが作業中屋根から落ちて障害を負い、一家はどん底の生活を送ります。どうやって生きてたんですか?と聞いたら盗んで食べてましたとのこと。吃音があるのと炭鉱の人間と言う事で学校に行くと虐められるのでいつもボタ山に行って一人遊びしてました。そのボタ山にはちょうどいい高さにクレーンがあって皆ここに自殺に来るわけです。その自殺者の38人を最初に見つけて駐在に届けたのが大西さんで、「これが僕の原点です」と言われたときにはしびれてしまいました。それからめちゃくちゃ面白い人が居るとフルハルターの森山さんやカバンの藤井さん、小松君をつれて大西さんの所に行くのですが連れて行った人は、これこそわれらが理想とする究極の職人ですと言う事になるわけです。
きゅうしつ技法と言うのはヒノキの木を薄くスライスしてそれを曲げてわっかを作り、50程重ね合わせて接着してから削り出し漆を塗ります。漆塗りの時に大西さんは電気を使わず、蝋燭の灯だけで漆を塗り、研ぎあげます。1年に2個か3個しかできません。歴史的には天皇が使う為にある技法です。僕は自分が実にまともな人間なので、こういう変わった人が大大大好きで、その中でも大西さんは横綱だったのですが、寂しくてたまりません。大西さんの人生はここからが狂ったように面白いのですが明日は名古屋教室なのでもう寝ます。