2025年11月25日
久々のカバン購入。NAPAPURIのバッグ
現在カバンは増やせない状況になっている。ようやく引っ越してカバン部屋を2部屋作ったのだが一部屋にトランク類60個を積み上げて床にブリーフケース類を並べて壁にショルダーを吊り下げたが、これでも400個ほど、しかしどう見ても片付いたのは3分の1ほどで3分の2は隣の部屋に山積みになっている。さらに下の部屋にも70点ほど壁から下げてある。アトリエで借りてるところにも100点以上あって流石にもう置き場がない。さらにコロナ騒動で絵画教室は瀕死の状態になり賃金カット、講座カットもあって別講座を引き受けるしかなく現在9講座をやっている。空いた時間は絵につぎ込まなければいけないのでカバン整理の時間が無い。巨万の富も全然気配が無いのでとにかく現在はカバンを増やさないようにしている。ところが今日本を探しにブックオフに行ったときついカバンコーナーを見たら面白いバッグがあった。ナパプピリというイタリアのアウトドア製品を作っているところだそうだ。面白いのがブランドロゴがノルウェーの国旗である。90年代に大流行して日本でも代理店販売していたが、その後撤退。それがこの頃再上陸しているようである。現在のバッグは普通のバッグになっていて面白くないがこのバッグは90年代のもののようである。こんなケッタイなバッグは日本では作れないだろうなあ。表は革。内部は綿である。こんなのもう手に入らないだろうと思って買ってしまった。






2025年07月29日
鈴木鞄店その後。
前々回あたりに出した「鈴木鞄店」で、万年筆、紙もの博物館館長の杉本さんから電話があって、僕が読めないと言っていた町名は芝区桜田本郷町で現在の西新橋一丁目だよ、とそれから鈴木鞄店の事についてネットに出てたから「91歳トランク。鈴木鞄、カバン職人」で調べてみて、あと水佼社は海軍の倶楽部みたいだよ、というので調べてみたら「くも舎」のHPに鈴木鞄店のトランクをリペアしている工程が載っていて、さらには鈴木鞄店の写真まで掲載されてた。水佼社は帝国海軍軍人の将校倶楽部で共催活動などもやっていた。だから鈴木鞄店は軍部から指定業者として扱われ将校のトランクを作っていた有名店で、写真を見ても大きなビルである。水佼社の建物は麻布にあり空襲にも焼け残り戦後はGHQに接収されて使われていた。その後フリーメーソンが日本本部として使っていたそうで、日本ロッジが中にあった。その後元海軍将校から返還の訴訟が起こされたが、1000万円の和解金でそのままロッジとして使われていたそうだ。歴史は面白いねえ。





2025年07月25日
カバン重さ問題
オルタス小松君に注文した鞄は、四角くてなんでも入って、ごつい取っ手が付いていて、革は絶対に梳かないで厚いまま。ショルダーも分厚くがっしりしたもの、重さは全く考えなくていいよ重厚さ最優先!と注文して出来上がってきたのが4年後。その時点で50代半ばの壮年期だった私は60近い老年期に入っていた。できてきたバッグはそれだけで3キロ。それに常備品としてカメラ2台、携帯、システム手帳、革のノート、筆記具筆箱、本2冊、資料、などが入るので総重量6キロにはなる。それでも小松君に毎日使ってどうなるか見せに来るよ!と雨の日以外は毎日肩に斜め掛けして東京に通った。その3週間目、朝、腰が激痛で起き上がれない。どうも腰がだるいという自覚症状はあったのだけど原因が分からない。その日は荷物も持てずそろそろ歩くだけで精一杯。それが1週間ほど経って治ったので、またカバンを斜め掛けにしたら、東京に着いた時点で激痛で歩けなくなった。要するにカバンが原因でした。それで回復を待って、ショルダーで斜め掛けしたから腰の1点に力が集中したのだからショルダーを使わず手でもとうとなった。確かに力が分散されるようで腰に激痛が来ることはなくなった。ところが2か月後、なんか下腹から飛び出してる。鈍痛がありしゃがみ込む感じ。押し戻すと戻るがまた出てくる。ネットで調べたらソケイヘルニアくさい。それで医者に行ったら、こりゃあ、すぐ手術だわ、なんか重いものなんか持ってませんでした?と聞かれたので、持ってますと答えたら、今右から出てるけど、今度左から出るからあまり重いもの持たないでね、と言われた。しかし小松君との約束で経年変化を見せる約束をしている。それで今は月2回ほどこのバッグを持つときはリュックに重いものを入れてこのバッグにはティッシュだけ入れて持ち歩いている。誰かが伊集院静にインタビューして「男の美学って何ですか?」と聞いたら「やせ我慢でしょう。」と答えていた。まあ、そういう感じでしょうか。


